第6章 ブタ
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ブタは、家畜化された動物群のなかで最も知能が高いかもしれない
それにもかかわらず、ブタは不浄、貪欲、大食と結び付けられてきた
ブタに対する嫌悪が世界共通なわけではない
アジアの多くの地域では、ブタは昔から今に至るまで敬うべき生き物とみなされている
また、ヨーロッパでも、その昔はブタにもっとポジティブなイメージがもたれていた
たとえば、ヴァイキング時代以前、スウェーデンの戦士はとさか部にイノシシの飾りのついた兜を被っていた (Simoons, 1994)
オデュッセウスは召使いである豚飼いに敬意を払い、友人としても付き合っていた
実際、ギリシャのミュケナイ文化(ギリシャの青銅器時代で紀元前1600~1100年)では、ブタは豊穣、月、女性と結び付けられ、デメテルやペルセポネー、さらにのちのローマ神話のケレスといった女神のシンボルとされていた
ドーリア(アルカイック)期(紀元前760~490年)には、オリュンポスの神々について、太陽を中心とし男神を重視する傾向が強まったが、ブタはそれでも聖なる存在としてアルテミスやアフロディーテに捧げられていた
マケドニアのイノシシ狩り
ヨーロッパの他の地域でも、ブタはキリスト教以外の宗教で尊重されていた
ケルトやチュートン(ゲルマン民族の一派)、スカンジナビアの民族はブタの像を多く残している
北欧神話では、ファルス(男根)をシンボルとした豊穣の神フレイはイノシシを乗り物としていたし、フレイの妹のフレイヤはイノシシに引かせた車で移動した
おそらく、キリスト教化されたヨーロッパで、ネコと同様にブタも異教崇拝と結び付けられたことが反映されたのだろう
また、ブタが集約的に飼育されるようになり、不浄な環境で生ゴミを餌として与えられるようになったことも関係すると考えられる
しかし、いくら生ゴミを食べていようとも、ブタのイメージがまったく損なわれなかった地域もあった
アジアの多くの地域ではブタの地位は特に高かった
ヴィシュヌ神の第三の化身はイノシシの姿をしたヴァラハであり、インド亜大陸にはヴァラハを祀る寺院がそこかしこにある
中国人はブタの家畜化を最初に行ったのは自分たちだと自慢している
中国文明の発展におけるブタの重要性を認識しているのである
「家」という漢字は、屋根を表す「宀」の下にブタを表す「豕」を置いたものだ(Kiple & Ornelas, 2000)
東南アジアのブタの評価もこれに勝るとも劣らない
ただし、イスラム教徒は注目すべき例外
ブタへの賞賛は、熱帯太平洋の島々において絶頂を極めている
ポリネシアでは、ほぼ全域にわたりブタは神の食物とみなされており、住民は多数のブタを神に捧げる
ブタとそして特にイノシシの牙は、豊穣のほか、勇敢さなど価値の高いものと結び付けられている
南太平洋の他の地域では、イノシシの敬服すべき力強さと攻撃性が装飾芸術で強調されている
ニューギニア中部日節句地域のイアトムル族は、とても素晴らしいマイと呼ばれる仮面を創り出している
この目立つ仮面は通過儀礼で用いられる
ニューギニア人にとって、富は何よりもまず所有するブタの頭数で判断されるのが普通
高地のマエ・エンガ族については Meggitt, 1974 を参照。高地の部族のなかには、ブタを富の象徴にまつりあげ、タンパク質不足で栄養不良になろうともブタを食べようとしないものもある (Jelliffe & Maddocks, 1964)
近東では豚肉はタブーとされる
ブタが不浄と結び付けられるのが問題だと思われる
この態度は古代エジプトに端を発するもの
しかし、エジプトがずっとその状態だったわけではない
王朝誕生以前のエジプトでは多くのブタが消費されていたし、北方ではブタはセト神と結び付けられるようにもなった
しかし、ブタの消費量は着実に減少していった
新王国時代(紀元前1567年~1085年)に入る頃は、ブタを食べるのは恥辱だと考えられるほどで(Harris, 1989; Harris, 1997; Harris, 2001)、特に上流階級に属する人々の間でその傾向が強かった
王朝時代後期(紀元前1038年~332年)の終わり近く、ヘロドトスがエジプトを訪ねた頃にはブタは不潔なものとみなされ、触るのも敬遠されるほどになっていた
このように見解が変化したのは、ブタを食べ、セト神を崇拝する北方の民が、オシリス神を崇拝する南方の民に征服されたためだと解釈する向きもある(Lobban, 1998)
実際、征服後、セト神はオシリス神を殺した邪悪な神として貶められてしまった
オシリス神のの死に対する復讐を遂げたのはホルス神であった
これはエジプト神話の主軸となる物語(Lobban, 1998)
ユダヤ教のタブーはエジプトのタブーから派生したものだという説もある
モーゼがラムセス二世の王宮にいた頃に、エジプトのタブーに影響を受けたからだというのである(Zeuner, 1963; Lobban, 1998)
ユダヤ人が遊牧民族であり、養豚には向いていなかったことも、要因の一つとなったかもしれない(Zeuner, 1963)
豚肉をタブーとする理由はレビ記(紀元前450年頃に書かれたもの)で述べられているが、その理由はいささか恣意的なものに見える
ブタは、ウシやヒツジ、ヤギと同じように蹄が分かれているが、ウシやヒツジ、ヤギと違って反芻しないが、この特徴の組み合わせは明らかに不自然であり、邪悪でさえある、というのがユダヤ教的な分類
「豚、これは、ひずめが分かれており、ひずめが全く切れているけれども、反芻することをしないから、あなたがたには汚れたものである」(「レビ記」11章7節)(訳文は『口語訳 旧約聖書』日本聖書協会、2015年)
ブタの進化
ブタは哺乳類の偶蹄目に属する
「偶蹄」とは、偶数の蹄という意味であり、偶蹄目の動物は蹄の生えた指が偶数本(2本あるいは4本)ある
ブタやその他野生のイノシシの仲間はイノシシ科に属する
その他、偶蹄目の科として重要なのは、ウシ科(ウシ、ヒツジ、ヤギ、レイヨウなど)、ラクダ科(ラクダ、ラマなど)、シカ科(シカなど)、キリン科(キリンなど)
偶蹄類の出現は約5500万年前
当時はかなり小さくノウサギほどの大きさだった
偶蹄類の最古の化石の一つとしてディアコデキシス(Diacodexis)が知られている(Rose, 1982)
偶蹄類は偶数本の指を持つことで他の哺乳類と区別できる
真ん中の日本の指の間に対称軸が通る
偶蹄類の鍵となるイノベーションは、四肢の腱が二重滑車構造(ダブルプーリーシステム)をなすこと
このシステムでは足首回転が著しく制限されるが、前方への駆動が効率的になり、そのため長距離の移動が可能になる
また蹄は人間の指のように角質化した構造だが、ラクダを除き、偶蹄類の蹄は指先全体を覆っている
ブタを含むイノシシ科のメンバーは、初期の偶蹄類がもっていた原始的な形質を多く保持している
たとえば、ブタは哺乳類が持つ歯(切歯、犬歯、前臼歯、高臼歯)を全部備えているが、たいていの偶蹄類では切歯や犬歯が著しく退化している
歯の状態のこのような変化は、偶蹄類の大多数が厳格なベジタリアンであることを反映している
反芻に関する胃の特殊化にもこれははっきり現れている
ブタは雑食性の度合いがかなり高い
ブタは果物、野菜、昆虫、菌類、さらには小型の哺乳類やヘビ、トカゲまでも食べる
ユダヤ教指導者のラビたちが気づいたように、大部分の偶蹄類とは異なり、ブタは反芻しない
だが、特殊化著しいウシやヒツジ、ヤギなど他の偶蹄類に比べ、ブタははるかに高効率で食物を身体に作り変えていくことができる
この特徴こそが、ブタの家畜化で重要な役割を果たした
イノシシ化を他のほとんどの偶蹄類から区別する特徴として、犬歯が牙になっていることも重要
牙は生きている間ずっと延び続ける(Mizelle, 2011)
下顎の牙は、捕食者に対する防衛で特に重要な役割を果たす
頭部をすばやくグイっとしゃくりあげることで、牙による相手のダメージを最大限にすることができる
また、下顎の牙は雄同士が優位と雌をめぐって闘争する際の武器にもなる
上顎の牙は主に、雄が雌を引きつけるための装飾として機能する
特に、インドネシアのスラウェシ島に生息するバビルサ(Babyrousa babyrussa)ではこれが著しい
ブタが属するイノシシ属(Sus)は、約350万年前の東南アジアに端を発する(Frantz et al., 2013; Mona, Randi, & Tommaseo-Ponzetta, 2007 による推定。小さいサンプルサイズでの推定値は500万年前である。)
ブタの祖先になった野生種はイノシシ(Sus scrafa)であり、この種は東南アジアの島で発生した(Larson et al., 2005)
その後、北方へ移動し、海面が今よりもかなり低かったマレー半島のクラ地峡を通ってアジア大陸へ入った
その後、東南アジアとインド亜大陸に広がり、さらに西アジアや東北アジアへ移動し、そしてヨーロッパにたどり着いた
分布域を拡大させる間に、イノシシは25亜種に分かれた
これらの亜種は分布域内で大きく2つの系統群に分けられる
東方の領域に生息するグループ
西方の領域に生息するグループ
ブタの家畜化
おそらく2つの別個のルートがあった
片利共生ルート
一つはイヌやネコの家畜化と似たもので、ブタが人間の居住地やゴミに近寄ってきて、自発的な人馴れによって家畜化過程を開始したとと考えられる
メリンダ・ゼーダーはこれを片利共生ルートと呼んでいる(Zeder, 1982; Zeder, 2011; Zeder, 2012)
人間の管理によるルート
最初は群れを追い集めるようなことから始まり、やがては完全に囲い込んで飼育するようになったと考えられる
これはウシやヒツジ、ヤギ、ウマの家畜化と同様の過程
こちらのルートでは、人間が深く関わって家畜化過程が開始された(Zeder, 1982(片利共生的なルート)、Clutton-Brock, 1999(人間の管理によるルート))
この2つのルートは相容れないわけではない
イノシシおよびブタ(Sus domestica)は、今日に至るまで、大規模で存続可能な野生集団が以前からの生息域に残っているという点で、家畜化された大型哺乳類の中で特殊な存在
家畜化が始まって現在まで、野生集団から家畜への遺伝子移入(他の集団との交雑によって生じた個体が元の集団の個体と交雑することで、元の集団内にほかの集団の遺伝子が広がっていくこと)がよく起こっている
その結果、世界の多くの地域では家畜のブタ集団と野生化したブタ集団、イノシシ集団の間にはなにがしかの遺伝的な連続性がみられる
遺伝子移入が起こっているため、線引は難しいこともある
一方で、世界規模で家畜豚の系統を辿ろうとする場合、野生集団が存続しているのは大きなメリットにもなる
そのためブタの家畜化とそれに続く分布域拡大については、イヌやネコの家畜化よりもかなり詳細な知見が得られている
考古学的な証拠からは、ブタは西アジアと中国でそれぞれ独自に家畜化されたのではないかと長らく考えられていた(Kim et al., 1994(中国); Zeder, 2008(近東); Peters et al., 1999)
ゲノムによる証拠は、考古学に寄る報告を指示はするが、他にも独自に家畜化された場所が多数あることも示している(Groenen et al., 2012; Giuffra et al., 2000; Wu et al., 2007; Larson et al., 2005; Bruford, Bradley, & Luikart, 2003; 一方 Larson & Burger, 2013 は家畜化の場所を絞り込む方向の見解を示している。)
中国では2ヶ所でブタの家畜化が行われた可能性がある
中国南部(黄河流域)による雑穀栽培民によるものと、南部(揚子江流域)における米栽培民によるもの
いずれも8000年前までには家畜化がなされていた(Wu et al., 2007)
ブタの家畜化への第一歩は、ブタを最も呪っている西アジアで起こっている
1万1000年前には家畜化が始まったと考えられる(Ervynk et al., 2001)
アナトリア南東部のチャユヌ遺跡でサイズの変化した臼歯が見出された
西アジアで家畜化されたブタは農耕とともに北方へ、さらに西方へ広がってヨーロッパに達した
ヨーロッパで最初に飼育されたブタは近東由来のものだったが、地元に生息していた野生のイノシシや、あるいはおそらく中央ヨーロッパで独自に家畜化されたブタとの間で交雑が起こったために、その遺伝的痕跡は明確ではない(Giuffra et al., 2000; Larson et al., 2005; Ottoni et al., 2013)
イタリアのブタは現地のイノシシから派生したようであり、南ヨーロッパのこの地域でも独自に家畜化が行われていたことを示唆している
その他、イベリア半島産の品種と現地のイノシシとが遺伝的に近いことを理由に、イベリア半島でも独立に家畜化が行われていたことを主張する向きもある(Larson et al., 2005; 遺伝的な近さ(遺伝的近縁関係)が証拠としては不十分であり誤りを導きかねない理由については、Larson & Burger, 2013を参照。)
その後の分布拡大
イノシシはそれまでも広い範囲に分布していたが、家畜化によってその分布域はさらに大きく広がることになった
実際には、この人為的な分布拡大が家畜化に先立って始まっていた可能性もある
キプロス島で埋葬されたネコを発見したジャン―ドニ・ヴェニエは、同じくキプロス島のアクロティリでブタ(イノシシ)の骨も発見した
アクロティリは、この島で人間が最も初期に居住していた場所(Vigne et al., 2009)
キプロス島には生息していなかったので、人間が運んできたとしか考えられない
ヴィニエはこの骨を1万1400~1万1000年前のものだとした
家畜化による形態的な変化が現れ始めた頃よりも1000年ほど前
さらにヴィニエは、キプロス島でのブタ(イノシシ)の発見は、更新世の終わり(1万4000年前)頃から長期間にわたり、人間が野生の集団を管理してきたことを示唆するものだと主張している
おそらく最も興味深いのは、オセアニア全域への分布拡大
ブタの分布拡大は、ディンゴをニューギニアやオーストラリアにもたらしたオーストロネシア人とラピタ文化によるというのが研究者の一致した意見
特にポリネシアへの移住は、6万年前に始まったアフリカから他の地域への人類大移動の最後の行程
だが、オーストロネシア人がアジアからポリネシアへ移動する際にたどった経路については議論されている
最も受け入れられている仮説は「台湾からポリネシアへの急行列車」
オーストロネシア人は3000年前に台湾から南方のフィリピンへ移動したのち、ニューギニアへ、さらに(オーストラリア北部にディンゴを置いていったのち)東へ向かい、最終的にハワイとラパ・ヌイ島(イースター島)に到達したという(Oppenheimer, 2004; Gray & Jordan, 2000; スローボート仮説については Oppenheimer & Richards, 2001 を参照)
しかし、ブタの側からこの説明を検討すると、ある問題が生じる
ポリネシアのブタは、台湾の現代のブタとも古代のブタとも遺伝的に近縁ではない(Dobney, Cucchi, & Larson, 2008)
ニューギニアの家畜化されたブタは、台湾のブタとは別の太平洋クレードと呼ばれる東南アジア産のブタ集団に由来し、それが分布範囲を拡大したもの(Larson et al., 2007)
過去・現在を通じて、ニューギニアから東方には野生のブタはまったく存在せず、ブタといえば太平洋クレードに属する家畜化されたものしかいない
ニューギニアでは「野生の」ブタが部族的文化において重要な位置をしめるが、これは3000年ほど前にラピタ文化の農民によってディンゴとともにニューギニアに連れてこられた家畜化されたブタの野生化した子孫
ニューギニアの民族の多くは4~3万年前からそこに暮らしているので、ブタが文化に取り入れられたのは比較的最近
一方、ポリネシアでは、ブタは最初からラピタ文化の構成要素として重要なものだった
もし実際にブタがラピタの人々によって太平洋のこの地域全域に分布するようになったのだとすれば、台湾を出発した列車は急行ではなく各駅停車であったことになる
最初は東南アジア本土で、そこで太平洋クレードのブタ(とおそらくディンゴ)が生じた
その後、ジャワ、スマトラ、ニューギニア、ソロモン諸島、終着駅はポリネシアのどこかだったのだろう
もう一つ注目しておきたいのは、現在、台湾やフィリピンで見られる家畜化されたブタは中国由来であり、その移動は明らかに人間の手によるものだということ(Larson et al., 2005)
この中国由来のブタは、その後、熱帯太平洋北西部のミクロネシアに運ばれた
これは分布拡大としては2回目のもの
こちらの方が急行列車と呼ぶにはふさわしい
ただし、1回目よりもかなり範囲が限られてはいた
ラピタ文化を担うオーストロネシア人の起源とその移動については、まだ論争が盛んに行われている
それについてブタが決定的な証拠を提供するわけではない
しかし、ブタの長距離移動の過程は近年のゲノム分析によって再構成されており、この話題について何らかの情報を与えてくれるはず
野生のイノシシからさまざまな在来種や品種ができるまで
家畜化が複数の場所で、かなり異なる亜種をもとにして行われたのだとすれば、家畜化されたブタは、イヌやその他の家畜動物に比べて、当初から高度に遺伝的に分化していたことになる
家畜化の結果として各地の生息環境や文化にそれぞれ適応していき、遺伝的浮動もあいまって遺伝的な文化が更に進んだのだろう
そのため、イノシシの自然生息域内には、互いに明確に異なるブタの在来種が多数、初期の頃から存在していた
イノシシがまったく見られなかった地域にも人間がブタを運び込み、さらに多くの在来種が形成された
多くは野生化したが、なかにはその地の在来種の創始者になったものもいた
人間はこれら在来種の繁殖過程の管理を強化していき、ついには、もとになった在来種とはまったく別のものだと思えるほど異なる品種を作り出していった
それに従ってブタの遺伝的な分化はますます顕著になっていった
比較的最近まで、それぞれ限られた地域内だけでブタの品種が作出されていたから(Megens et al., 2008)
ブタには遺伝的に分化していく傾向が見られたのだが、近隣にいる野生集団からの遺伝子移入がその流れを押し留めてもいた
遺伝子移入がどれくらい起こっていたかは地域によって異なっている
養豚が最も集約的に行われていた中国では、ほとんど起こらなかった(Larson et al., 2010)
ヨーロッパでは、家畜ブタはかなり自由にうろつきまわることができたので、遺伝子移入はもっと顕著だった
ヨーロッパで最初に家畜化された近東由来のブタの遺伝的痕跡は完全に消失してしまった
在来種から品種のプロトタイプへの移行の最初のステップは、おそらく中国で起こったと考えられる
ブルドッグで起こったような短頭型の進化など、顕著な変化のいくつかも中国で起こったもの
中国では優に100を超える品種が19世紀終わりには作り出されていた
「品種」という概念はその頃生まれた(Fang et al., 2005)
中国では20世紀の大半を通じてブタの品種改良は局地的なものにとどまっていた(Porter, 1993)
そのため、中国産のブタの現存する品種間には地域ごとの遺伝的差異が見られる(Fang et al., 2005)
ヨーロッパ、特に北方では、17世紀初めから品種はそれほど地域限定というものではなく、より流動的だった
その後18世紀後半に遺伝的な混合が次の段階に入った
中国北部から輸入したブタとの交雑が行われて「改善された」新たな品種が作り出された(Giuffra et al., 2000)
近年、状況は逆転しており、中国産品種を改良するためにヨーロッパ産品種が輸入されている(Megens et al., 2008)
大ヨークシャー(ラージ・ホワイト)やハンプシャー、バークシャーなどの一般的な品種は、中国系のブタのDNAをかなり受け継いでいる
一般的な品種の内、赤い被毛を持つデュロック種は中国系の影響が最も低く、米国原産だと考えられている(Jones, Rothschild, & Ruvinsky, 1998)
中国産移入以前のヨーロッパ各地の在来種から作られていたブタの多くは、今では希少か絶滅
近年「ヘリテージ品種」として料理界でかなり注目されるようになってきたものの大部分はそのような品種
英国産のグロスターシャー・オールド・スポットやタムウァース、ハンガリー産(もともとはバルカン半島原産)のマンガリッツァ、フランス産のバスク豚(別名アス・ブラック・リムーザン)、イタリア産のカゼルターナとカラブレーゼ、スペイン産のネグロ・イベリコなど
ヘリテージ品種は、今日の欧米で主流となっている超集約的養豚には適していないがために絶滅の危機に瀕している
概して成長が遅いために工場式畜産に向かなかったり、飼育に空間や資源を多く必要としたりする
生ハムで有名なイベリコ豚はどんぐりを食べて育つが、一頭あたり1エーカーほどのオーク林を必要とする(Gea-Izquierdo, Cañellas, & Montero, 2008)
豚肉の用途が変化してきたためにヘリテージ品種となったものもある
家畜化された偶蹄類のなかで、肉がもっぱら重用されるのはブタだけ
だが、ヨーロッパでは多くの品種が肉の用途に従って特化されてきており、ベーコンタイプ(加工用型)とラードタイプ(脂肪型)とが分かれるに至っている
マンガリッツァやギニア豚(ギニア・ホッグ)、ラージ・ブラックなどのラードタイプの品種は、コンパクトな身体に脂肪分を多く含む
ヨークシャーやタムウァースなど、ベーコンタイプの品種は胴体が長く、脂肪分が少なめである
チェスター・ホワイトやハンプシャー、大ヨークシャーなどは中間型の品種で、現在は主に腿肉や腰肉などを消費するため「ミートタイプ」と呼ばれることもあるが、もともとは多目的に使用されていたもの
調理用のラードがショートニングに取って代わられるにつれ、ラードタイプの品種のほとんどは、今ではヘリテージ品種となっている(Dohner, 2001)
他のいわゆるヘリテージ品種は実のところ在来種であり、飼育されていたブタが野生化した集団からなるものも多い
ニュージーランドのクネクネ
この品種は18世紀に船で渡ってきたヨーロッパ人が置いていったものを起源とする(Clark & Dzieciolowski, 1991)
米国にもいくつか存在する
15世紀、スペイン人がメキシコ湾岸を探検した歳、ミュールフット(蹄が割れずに融合しているのでこう呼ばれる)を持ち込んだ
ジョージア州のオッサバウ島ブタもスペイン人探検隊によりもたらされた
メラネシアのニューカレドニア原産のレッド・ワットルは、フランスからルイジアナへの贈り物(Ekarius, 2008)
米国産の「品種」はどれも料理会のスターになっている
現在ではショートニングよりもラードのほうがグルメに好まれることから、ラードタイプの品種の将来性が高まってきた
たとえば Knipple & Knipple, 2011; Wood et al., 2008(科学的な分析); Gibson, 2012(ラードの使用量の増加)
家畜化の特徴
おそらくブタの家畜化における最初の構造的な変化は、鼻づらが短縮されたことだろう
ブルドッグと同様の変化であり、中国系品種のうち梅山豚を含む太湖豚の系統で特に顕著
四肢の短縮や巻き尾の出現もイヌと同様の変化
イノシシの尾は実はほとんどまっすぐなのだが、ブタの尾は巻いたりねじれたりする傾向がつよく、螺旋形になっている場合もある
野生化したブタでは、これらの点でいずれも中間型になる傾向がある(Mayer & Brisbin, 2008)
脳も小さくなっている
イヌでもヤクでも、一般的に先祖である野生種に比べて脳が小さく、ブタも例外ではない(Kruska & Rohrs, 1974; Kruska, 1988)
注目すべきは、野生化してから何百年も経った集団でさえ、イノシシよりもブタの方に近いこと(Röhrs & Ebinger, 1999)
家畜化による変化のうち、脳の縮小は他の構造的な変化に比べて消えずに残る傾向が強いようだ
ただし、脳の縮小が知能の減退を意味するのかどうかはまだまったくわかっていない
縮小のほとんどは運動のコントロールや感覚(視覚、聴覚、嗅覚)の処理を行う領域で起こっている(Kruska, 1970; Kruska, 1972; Kruska & Stephan, 1973, 運動能力と脳のサイズとの関係についてはRaichlen & Gordon, 2011も参照)
ブタの家畜化では、特に嗅覚に関する部分が縮小している
野生化したブタの集団では、家畜化の際に鈍くなった嗅覚はもとに戻っていない(Maselli et al., 2014これは、複雑な形質の消失はしばしば不可逆的だというドローの法則の一例である)
垂れ耳など、家畜化に伴う他の形質も家畜ブタにはよく現れている(Pukite, 1999)
だが、ブタで最も明瞭かつ普遍的に現れる家畜化の特徴は毛色
イノシシの毛色は哺乳類によく見られるタイプで、毛のほとんどが赤褐色で根元と先端は黒い
これは一本の毛に見られる配色パターンでアグーチと呼ばれるものであり、さまざまな環境下でカムフラージュの役割を果たす(Caro, 2005; Cieslak et al., 2011)
しかし、家畜ブタの毛色には黒色や白色、さらに様々な濃さの黄色、茶色、赤色などが見られ、毛色のパターンが豊富であり、毛色は品種を決定する重要な形質となっている
白は哺乳類の毛色としては野生型から最もかけ離れたものであり、家畜化で最も特徴的な形質である(Cieslak et al., 2011)
全身が白色のブタの品種には、チェスター・ホワイト(英国)、大ヨークシャー(英国)、ブリティッシュ・ロップ(英国)、ヨークシャー(英国)、ランドレース(デンマーク)などがある
「ランドレース」という品種名はいささか混乱を誘う。家畜化されたどの哺乳類でも大半の品種は本文種(ランドレース)に由来するのだが、ブタにはアメリカ・ランドレースやジャーマン・ランドレースか 「ランドレース」のつく品種が多数ある。発端となったデンマーク・ランドレースが、程度は異なるものの他の全「ランドレース」品種の開発に貢献しているためだ。
ピエトレン(フランス)はほとんど白だが、ハンプシャー(米国)、エセックス(英国)では、腹部がベルト状に白く、他の部分は茶褐色
一部が白いものには、ヘレフォード(米国)やポーランド・チャイナ(米国)、バークシャー(英国)
概して、白い毛色は中国系よりもヨーロッパ系の品種によくみられる
中国系品種に特徴的な毛色は黒色
梅山豚、蔵豚(チベット豚)、香豚(香猪)などのように多くは全身が黒色
中国在来の6タイプのブタにはいずれも毛色を黒色にする突然変異がある (Fang et at., 2009)
ヨーロッパ系品種では唯一、中国系との交雑で作り出されたラージ・ブラック(英国)(Giuffra et al., 2000)
野生化したブタは野生型の毛色に戻る傾向はあるものの、それにはかなりの時間がかかる
野生化した集団の多くには、もとになった家畜ブタ集団の経路の影響がなにがしか残っている(Mayer & Brisbin, 2008; De Marinis & Asprea, 2006; 野生イノシシからの遺伝子移入がない場合、家畜化毛色の保持はさらに顕著である。)
自然選択、人為選択、性選択
野生化したブタの形質のなかで、イノシシに最も知覚、かつ家畜ブタから最もかけ離れているのは雄の牙
これはもともと強い性選択にさらされてきたために進化した形質
イノシシは雄同士で激しく競争し(同性間選択)、また、雄が雌を惹きつける(異性間選択)
ブタにおける家畜化の目印の一つが、この雄の牙の短縮(Parés-Casanova, 2013)
第三臼歯のサイズも性的二型のマーカーとなる (Albarella et al., 2006)
これに関係する要因は多数あると考えられる
何よりもブタを飼う人間にとって牙は明らかに好ましくない
人間が繁殖過程を管理する際は雄同士の競争をできるだけ排除し、かつ雌ブタとはかなり異なった基準で雄を選択する
このような複数の要因が絡んだ結果、性選択圧が減少し、また性差も小さくなる
性差の減少は牙だけに限ったものではない
身体のサイズについても、家畜化されると性差が少なくなる傾向が見られる
家畜ブタの品種における性的二型パターンは、「雄が雌より大きな種では体のサイズの増加とともに性的二型の差が拡大する」というレンシュの法則に従わないのも特徴的である (Parés-Casanova, 2013)
野生化したブタでは以前の性選択体制が復活し、性差が再び現れる
レイザーバックという野ブタ
デ・ソト率いる探検隊を始めとして、スペイン人は家畜豚を新大陸に連れて行ったのだが、レイザーバックはそれが野生化したものの子孫
ブタは、1539~40年のデ・ソトの探検の際に初めて北米にもたらされたのかもしれない(Mayer & Brisbin, 2008)
「とがった背中」という意味
トゲのような剛毛が背筋にそってたてがみ状に生えている
雄は時にこのたてがみを逆立て、攻撃するという意思を示す
従順性を対象として選択した結果、ブタにはネオテニーという現象が生じるようになった
家畜品種に見られる牙などの性差の現象には、この現象もまた何らかの役割を果たしている可能性がある
牙は発生後期に発達してくる形質
そのため、発生が遅滞したり発生期間が短縮した場合、牙が短縮あるいは消失してしまうことがある
この点から、ブタのもう一つの性的二型的形質である第三臼歯のサイズもまた、発生後期に発達する形質だということに注目したい。
野生化したブタがなぜ牙を再獲得するのかは、ある程度は説明できる
発生過程がもとに戻って野生型と同じ軌跡をたどるようになった
顔面の短縮もまた多くの品種に見られる垂れ耳と同様、ネオテニーを示唆するもの
そうであるならば、家畜化された品種において、鼻づらの長さと垂れ耳の度合い、またおそらく牙のサイズとの間に相関関係が見いだせるかもしれない
だが、毛色に生じた変化の中には、形質特有の選択を反映するものがあると考えられる
家畜化初期に、家畜化以前には純化選択により除去されていた毛色の隠蔽変異が、排除されにくくなった(Fang et al., 2009)
結果として、野生集団ではあまり見られなかった遺伝的変異が、家畜集団では比較的よく見られるようになった
また、野生集団では除去されてしまいがちな新たな毛色の突然変異が、家畜集団では残った
この毛色の変異が一旦目立ち始めると、遺伝的浮動と人為選択という2つの過程が表立って働くことになった
限られた地域に見られる毛色の変異は、比較的隔離された集団、つまり、他の家畜豚や野生化したブタ、野生のイノシシから隔離された集団において、遺伝的浮動により増加していった
それよりも重要なのは、育種家が毛色の変異の見られる個体を選び出して交配させるのも可能になったこと
家畜化の際に起こったブタの進化の物語には、さらに面白いことがある
ブタの人為選択にはそれぞれの文化特有の影響が見られる
中国系のブタに見られる黒は文化的な好みを反映しているようだ
殷の時代に確かに存在していた
殷代の宗教的供物ではブタが圧倒的に多かった
神々の好みが尊重されたために、中国では黒色を求める人為的な選択圧がかなり高かった(Li et al., 2010; Yuan & Flad, 2005)
もっと世界的に行われた形質特異的な人為選択としては、養豚の繁殖力向上に関係するものが際立っている
性成熟を早めること、一年中繁殖可能なこと、成長速度の上昇、一腹子数の増加などがそうだ(Rothschild et al., 1994; Lamberson et al., 1991; Drake, Fraser, & Weary, 2008)
第1章 キツネで述べたように、性成熟が早まったり、一年中繁殖可能になったりすることは、少なくともある程度は、従順性を対象とする選択の副産物として生じてくるものだ
しかし、ブタの育種家による人為選択が、それらの形質を強化することになったのは疑いない
家畜ブタの成長がイノシシや野生化したブタに比べて加速しているのは、人為選択によってそのような形質が選抜されてきた結果であるのはほぼ確実(Jeon et al., 1999; Fan et al., 2011; Rehfeldt et al., 2000; Rehfeldt, Henning, & Fiedler 2008; Chen et al., 2012)
ヘリテージ品種がブタ市場で敗退した理由の一つは「改良」種に比べて成長が遅いから
最後に、産子数についての人為選択により、野生の状態では産子数が約6頭だったのが、家畜化された品種では12頭以上にまで増加している(Rutherford et al., 2013; Fernandez-Rodriguez et al., 2011; Baxter et al., 2013)
家畜化とブタのゲノム
ブタのゲノミクスは、ネコのものに比べればまだ発生初期というべき段階にある
イヌに比べるともっと遅れていることになる
とはいえ、人為選択の痕跡に関する予備的な知見はいくつか得られている
毛色
毛色には複数の遺伝子座が関係しており、それぞれに多数の対立遺伝子が存在する
最もよくわかっているのはMC1R遺伝子
この遺伝子がコードするのはメラノコルチン受容体のうちMC1R受容体(メラノコルチン1受容体)
メラノコルチンは色素形成で重要な役割を果たす物質だが、効果を現すにはMC1R受容体が必要
MC1R受容体が存在すればメラノサイト(毛のメラニン色素を生成する細胞)の色は茶色〜黒色になり、MC1R受容体がないときは黄色〜赤色になる
MC1R遺伝子は突然変異によって生じた多数の対立遺伝子があり、それぞれ働きが異なっている
イヌやネコの独特な毛色にはこの対立遺伝子が関係している
ブタでは対立遺伝子が6種類あり、それぞれ異なる色を発現させる(Giuffra et al., 2000)
この突然変異の一つが中国系のブタの黒い毛色に関係している
最近のゲノム研究により、中国の家畜豚でこの対立遺伝子の頻度が高いのは人為選択により黒い毛色を選んできた結果であることが示された(Li et al., 2010, Fang et al., 2009も参照)
ブタを供物にするという古代中国の文化的習慣を、ブタの繁殖力に影響を及ぼさない特定の遺伝的変化と関連付けて考えることができる
細胞増殖因子の受容体をコードするKIT遺伝子に生じた突然変異は、ヨーロッパ系の品種の白い毛色に関係している(Johansson et al., 2005)
数少ない白色の中国系品種の一つである栄昌豚にはこの突然変異は見られないので、別の遺伝的変異によるもの(Lai et al., 2007)
他にも注目すべきは、品種が黒い品種と同じMC1R遺伝子の突然変異を持っていること
栄昌豚ではこの遺伝子の効力は中和されているに違いない
MC1R遺伝子に生じた突然変異もKIT遺伝子に生じた突然変異も、中国系品種がヨーロッパ系品種とは独立に進化してきたことを物語っている
その他、筋肉の成長(Amaral et al., 2011; Cherel et al., 2011)や脂肪の蓄積(Bidanel et al., 2001)、脳の発生、嗅覚、免疫(Groenen et al., 2012; Amaral et al., 2011)などにも突然変異が関係している
それらの突然変異のほとんどについて、特定の遺伝子との対応関係は見出されていないが、多くはDNAの非コード領域の調節配列で起こった突然変異であることは疑いない
たとえば、脂肪の蓄積はDNAの非コード領域の複数の突然変異に影響される(Liu et al., 2007)
特に注目したいのはベリャーエフが所長を務めたノヴォシビルスクの細胞学遺伝学研究所の科学者達が行ったブタ内在性レトロウイルスについての研究
これは頭文字を取ってPERVと表記される(Nikitin et al., 2010)
内在性レトロウイルスはゲノムの一部であるが、大元はウイルス感染に由来する
ウイルス感染のあとに、ウイルスの遺伝情報がゲノムに組み込まれてしまったもの
時がたつにつれて組み込まれた遺伝情報が「家畜化」されることもある
ゲノムの他の部分に起こった変異によって、増殖したり移動したりする能力が制限されてしまう
いったん家畜化された内在性レトロウイルスは調節要素となり、近傍の遺伝子の発現に影響をするようになることもある
通常、内在性レトロウイルスは悪影響をもたらし、精密に調節された調節ネットワークの調子を崩してしまう
しかし、内在性レトロウイルスによって生存や繁殖が有利になることもある
家畜動物の場合は、人間の育種家が望む形質を持っていれば選択に有利であり、子孫を残す可能性が高くなる
内在性レトロウイルスを持つことが選択に有利であれば、集団内でその頻度はもちろん増大する
ロシアの研究者たちはさまざまなPERVの頻度に基づき、ヨーロッパ系のブタが四つの異なるクラスターに分かれることを見出した。
クラスター1はイノシシ、クラスター2はベーコンタイプのブタ、クラスター3はラードタイプと多目的タプのブタ、クラスター4はミニブタ
イノシシはPERVが最も少なかった
一方ミニブタは他に抜きん出てPERVを多くもっていた
また、ラードタイプのブタでは脂肪蓄積に関わる遺伝子と関連するPERVが見つかり、ベーコンタイプのブタでは筋肉の発達に影響を当てるPERVが見つかった
ゲノム研究は、生命の系統樹におけるブタの枝の中での類縁関係を決定するのにも役立つ
中国系の品種は系統樹上では地域別のクラスターを形成している(Megens et al., 2008)
長年にわたり政府がブタの輸送を管理するという伝統
対象的なのがヨーロッパ系の品種
自由な移動が可能だったため、地域と系統関係の間には相関関係が見られなくなっている
18世紀後半から、ヨーロッパ各地のブタを中国のブタと計画的に掛け合わせるようになったため、地理的な条件はさらに撹乱されている
最近の例として、ティア・メランと呼ばれるいわゆる「ハイブリッド豚」(純粋品種を計画的に交雑して作出する雑種)がある(Megens et al., 2008)
これは、中国産の雄ブタとヨーロッパ産の雌ブタの交雑により作出されたもの
ヨーロッパ系品種において、中国系ブタの遺伝子移入の程度は品種によってかなり異なっているが、ティア・メランに比べれば概してかなり低い
デュロックは中国系の影響をほとんど受けていないことがわかった
ヘリテージ品種の多くも同様
一般的に、ヨーロッパにおける中国系品種の影響は北の方が南よりも大きく影響を受けている
イタリアやイベリア半島の品種にはブタの系統樹内で地域別のクラスターを形成する傾向があり、北方系の品種の一部も同様の傾向を示すが、いずれも、中国系品種に比べればその傾向はかなり弱いと言える
これらの結果はどれも、血統的な関係はきわめて予備的なものとみなすべきことを示している
ゲノムのほんの一部の情報しか解析していないから
保守的なブタ――美しきもの
家畜ブタが野生の先祖から受け継いできたものを変わらず保持していることには驚くしかない
体の構造的な変化は、鼻づらと四肢の短縮など軽微なものや、毛色や肥満度など表面的なものばかり
行動的な面では、臨機応変に適応するという雑食性だった野生の先祖のやり方を保持したまま進化している
母性的行動は変化していないし、子豚たちが優位さと乳首の順番をめぐって争うのも変わっておらず、そういったことはその後の発達にずっと影響し続けることになる(Gustafsson et al., 1999(母性的行動); Fraser & Thompson, 1991(ブタの新生児には小さな牙様の歯が生えている))
一腹子数が増加し、乳首が不足する恐れもあることを考えれば、きょうだい間の競争はむしろ激しくなっているかもしれない
野生の状態では生存できないかもしれないようなブタを人間が作り出せるようになったのは、ごく最近のこと
実際、もっと「進化」した偶蹄類の親戚たちよりもブタはずっとうまくやっていけるだろう
人間なしでサバイバル可能な能力があるのは、ブタがかなりの知能をもつことを示す証拠でもある(Held, Cooper, & Mendl, 2008)
しかし、それはまた、偶蹄類の歴史のかなり初期に進化し、反芻類が登場したのちも長きに渡って存続してきた基本的なボディプランの成功を反映するものでもある
→第7章 ウシ